全ての経験がギフトだと思える理由

こんにちは^^市田直也です。

今日は、全ての経験が思える理由についてお話したいと思います。

人生長くなればなるほど、チャレンジすればするほど、色々な経験をしますよね。

良い時は、すごく気分がいいし、この状態がずっと続くんじゃないかと思うのですが、アップダウンはあります。

私も良いと思えるときもあれば、なんでこんなことが起こるんだ!?と感じた時、本当にたくさんの経験をしてきました。

ポイントは、その出来事に対してどんな意味付けをするか、
で自分にプラスのパワーをもたらすこともできるということです

今の自分にとって、「あの時の経験があったから、今感謝できること」があるので、シェアをしたいと思います。

これを読んでくださっているあなたのお役に立てれば嬉しいです。

今の私が感謝している過去の経験

■小学校の時、友達ができず、孤立したこと。

私は小学生のころ、周りと打ち解けることができず、孤立したことがあります。

趣味は料理や裁縫、音楽など、どちらかといえば男の子が好きなことより、女の子が好むようなことが好きでした。

好きなことが周囲と違うので、なかなか人と馴染むことができず、すごく悩みました。

学校に行くのがつらくなったり、なんでこんな思いをしなければならないんだろう、と思い悩んだことがあります。

その時は本当につらかったし、たくさん友達がいる人が羨ましくて仕方がなかったです。

■良い意味づけ
この経験があったおかげで、友だちのありがたさが身に沁みてわかるようになりましたし、同じような経験をしている人の痛みに共感することができるようになりました。

たぶん、私が人の気持ちに共感したり、寄り添うことができる根源的な理由はこのころ体験があるからです。

また、当時は音楽や裁縫、料理など、男性がやりことに冷ややかな目がありましたが、時代が変わり、家庭的な男性や、育児に協力的な人が望まれる世の中になりました。

幸いにも、素晴らしいパートナーと出会うことができ、家事や仕事など、協力できるパートナーシップを築くことができて、とても幸せです。

時代は常に移り変わっていくので、今認められていないことが20年後に受け入れられる。そういうことがある、ということを理解することができました。

■大学受験で志望大学に受からず、2年浪人した後、大学に通ったこと

私は高校時代、世の中のルールや決められたレールに乗ることへの違和感、反抗から一切勉強をしなくなったことがあります。

大好きなバンド活動に熱中し、偏差値は30代まで下がりました。

そこから、親を超えなければならない、という思い込みから有名大学を目指すことになり、結果的に2年の浪人をしました。

その後、センター試験で滑り止めと思っていた大学1校だけに受かり、4年間を過ごしました。

■良い意味づけ

この大学に通ったことで世界が広がりました。自分の通う大学だけではなく、他大学のバンドサークルに加入したり、自分でもメンバーを集めてバンドを組んだりしました。

学問的には、経営学に興味が出て、ゼミナールの活動も比較的熱心な方だったと思います。

最も大きな出来事は、後に結婚するパートナーに出会えたことです。

このタイミングでなければ、絶対に出会えなかったという偶然の一致が重なり、出会うことができました。

今まで出会ったどんな人よりも自分のことを理解し、信じ支えてくれる存在に出会えたことが素晴らしいギフトでした。

■希望を持って入社した会社がいわゆるブラック企業だったこと

大学を卒業して、素晴らしく前向きだった私ですが、最初に入社した会社は世にいうブラック企業でした。住宅のリフォーム専門会社で営業と現場監督をやりました。

勤怠管理は全くないし、休みもほとんどない。肉体的にも精神的にもボロボロになるくらいで、最初に目標にしていた新人賞を取って、2年で辞めました。

■良い意味づけ

超絶ブラックな経験をしたことで、自分の働き方について問題意識を持つようになったこと。どんな働き方をしたいのか。どんな人生を歩みたいのか。

今思えば、この時の経験が自分の人生をしっかり考えるきっかけをくれた。

会社としては、しんどい場所だったのですが、一緒に働く職人・協力業者の人が良い人ばかりでした。

チームで仕事をすること、本当のプロを見極める目、社長の生き方を肌で感じながら学ぶ貴重な経験でした。

■リフォームの仕事が合っていないと感じ、思い切って会社を辞めたこと

1社目の会社でつらい思いをしたのですが、まだこの時点ではリフォームの仕事を続けたいと思っていました。まだプロとして極めていく余地があると思えたし、職場環境がよくなれば、もう少し楽しく働けるかと思っていました。

地域密着型の従業員規模20名ほどの会社で1年ちょっと働きました。

結果的には休みも増えて、給料も上がったのですが、リフォームの営業・現場監督して生きていくということ自体に違和感が大きくなり、仕事ができるようになればなるほど、苦しくなっていくという経験をしました。

それが人間関係のトラブルに発展し、自主退職することになりました。

■よい意味づけ

この時、本当の意味で限界を迎え、退職をすることになったことで、自分を見つめる時間を得ることができました。

その後半年間、ほぼ自宅から出ることなく、自分の人生に向き合うことになりました。

インターネットビジネスやアフィリエイトに取り組んだのもこの頃で、全然お金にはつながらなかったのですが、Wordpressやクラウドのシステムに詳しくなったことが次につながっています。

■1年間ITベンチャー企業でテレアポ・コンサルティング営業をしたこと

その後、約1年間ITベンチャー企業で、法人向けの会計・給与システムの提案をするバックオフィスコンサルタントとして働くことになりました。

この時の自分はがむしゃらで、1日100件の電話と、月間100件のアポ獲得、月間70件のご契約をいただくということをやっていました。

それまでの現場重視のリフォーム業とは違い、会社として世界トップレベルのシステムやツールを使い、インターネットだけ仕事を完結するという全くの別世界でした。

最初は電話するのも勇気がいるし、Macbookも触ったことがないしで戸惑うことばかりでした。

人の入れ替わりが激しく、せっかく人が育ったと思っても一緒に働いた人がやめてしまう、という経験を何度もしました。

■よい意味づけ

まず、圧倒的にインターネットのツールに強くなりました。

全てがクラウドだけで完結することを目指していたので、チャットアプリはもちろん、使えるツールはすべて使い倒すということをやっていました。

また、オンラインだけで基本、60分以内に提案とご契約・決済まで行うということをしていたので、タイムマネジメント能力が飛躍的に高まりました。

早く契約しないと、10分後には次の商談が待っている、なんてことが日常茶飯事でした。

この時の経験は今にもすごく活きていて、ZoomやSkypeでのセッションに私が全く抵抗がないのもこうした経験がベースになっています。

また、人の入れ替わりが激しいという問題自体は、会社のフェーズとして仕方のないことだったと思います。

そこで、新人が入ってきても早期に、良い結果がでるマニュアル・育成方法を自分なりに構築していました。

結果として、朝のミーティングで「今日〇〇さんの、研修よろしく」といきなり振られても即対応できる体制を整えることができました。

この時の経験が、人が変わったとしても成果が出る仕組みづくりの基礎を自分に教えてくれたと思っています。

その一瞬だけで判断せず、長期で見た時の意味付けを考える

こうしてみると、その時その時は、つらいとか、しんどいと思った経験も後々自分にとってすごく価値を生み出していることがたくさんあります。

きっとあなたにもそういう経験があるはずです。

もし、今が谷にいるような人も、物事の良い側面を見て、長期的によくなっていくことにフォーカスすることができれば、その経験は宝物にすることができます。

あなたにとって、今経験していることは、どんな素晴らしい意味づけができますか?

ぜひ考えてみてください^^

それでは、また次回をお楽しみに。

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