プロフィール


情熱の火を灯し、本気の人生へ導くスペシャリスト
市田直也(Naoya Ichida)

自分一人で精一杯、頑張っているにもかかわらず、現実はどんどん泥沼にハマっていってしまっている…

そんな『頑張り方を間違えて苦しんでいる人たち』の人生を短期間で一気に好転させ、現実を変化させていく「情熱に火を灯すパーソナルトレーナー」として活躍中

これまで、苦しむ人たちの人生の節目に、大きく現実を変えるサポートを行ってきた。

特に最近は20代後半~30代前半のクライアントに対し、ビジネステーマのコンサルティングや売上げアップを支援する案件を多く手がけ、フリーランス、経営者、外資系生命保険会社セールスパーソンなど、多くのクライアントに現実を創るサポートをしている。

History

1987年7月、神奈川県横浜市生まれ。

四人家族の長男として生まれる。
コツコツ真面目な父、家族のことを1番に考える母、思いやりのある弟と一緒に何不自由なく暮らしていた。

幼い頃は、純粋にただただ優しい少年だった。
料理や裁縫、木登りや自然が好きな少年。

それが私だった。

周囲と違う自分に戸惑い、なかなか馴染めない時期もあったが、中学校では弱い自分を克服するためにサッカーにチャレンジ、高校では大好きな音楽を軽音楽部で3年間楽しんだ。

大学受験には苦労したが、2年間の浪人生活を経て、専修大学経営学部に入学する。

2年間の間ずっとやりたかったバンド活動、他大学でのサークル活動、ゼミナールでの仲間とのかけがえのない時間を過ごす。

色々大変なこともあったけど、やっと一人前の大人として、スタートできる。

そんな希望を胸に、私の社会人生活が始まった。

2012年4月。

大学を卒業し、東京都内で売上NO.1の住宅リフォーム専門会社に入社。社会人としての一歩を歩み始める。

社会人というものに大きな希望を抱き、若さを武器に、業務に真剣に、全力で取り組む日々を過ごすが、その期待と頑張りが儚くも崩れ去ることを、この時はまだ知らない。

同期入社の中でNO.1になることを心に誓い、ただただ我武者羅に働き続けた2年間、どんなに理不尽なことがあっても、成功することだけを信じていた。

そして入社から2年目の春、年間売上3200万円という新人としては異例の売り上げを上げ、社内表彰では新人賞を受賞する。

この時手にした新人賞の賞金は3万円。

『別に賞金のためだけに頑張ったわけではないが…』

心の中に、何とも言えない違和感のようなものが生まれたこの瞬間を今も忘れらない。

思い返してみると、この2年間、本当に馬車馬のように働いた。

会社に定休日はなく、帰りはいつも終電間近。
建築関係という業界だからか、パワハラも日常茶飯事。

次々に同期は辞めていった。理不尽な一方的なルールを押し付けられ、休日返上で現場対応に追われる毎日。

仕事のほとんどを自分で回し、なんとか現場を収めたにも関わらず、手柄を丸ごと上司に持って行かれたこともあった。しかし踏ん張り続けた。

一般的に考えても過酷な環境といってよいこの2年間、自分を鼓舞し、前を向いて走り続けられたのは、『努力はいつか報われる』と信じていたから。

しかし結果として自分が手にしたものは、『新人賞という名の3万円』だった。

『金が全てではない!』

分かっている…そして自分にもそう言い聞かせた。

しかしこの2年間の奮戦を、あの苦しさの中、踏ん張り耐えた、その経過を、3万円をもらい、表彰式で新人賞と表彰されながら、『チヤホヤすることで、何かを誤魔化そうとされている』ような気持ちになった。

『一体何のために頑張ってきたんだ』

これまでの苦しみが蘇り、悔しさと、なんとも言えない、虚しさで胸がいっぱいになった。

気づけば、2年間一心不乱に追い求めていたはずの表彰状はゴミ箱に捨てていた。

ずっと押さえ込んでいた組織への不満が自分自身、見過ごせなくなり、同業他社へ転職を決意する。

実績を作った会社を離れ、従業員規模20人の地域密着型の会社で働き始めたが、結局は前社で抱えた『会社に対する不信感』を拭えずにいた。

我武者羅にやること、頑張ること、一生懸命やることで、本当にいいことがあるのか?

この頃は昔から持っていた『情熱を燃やし、一生懸命頑張る!』という素養さえ、見る影もないほど、無気力な毎日を過ごしていた。

そんなある日、Facebookでたまたま見かけた投稿でアフィリエイトの可能性を知る。

その投稿をした人は、会社に馴染めず、ひたすら努力と頑張りだけで、パソコン一台あれば、会社にも組織にも囚われず、自分の力だけで生きていく力を手にした人だった。

胸が震えた…
本当に眩しかった…

いつぶりだったろう、こんな気持ちになったのは。
サッカーや音楽に情熱を燃やし、ただただ愚直に走り続けたあの日の感覚が、蘇って来るのを感じた。

『俺がしたいことは、会社の中にいては手にはいらない!』

直感的にそう感じ、取り憑かれたようにアフィリエイトの道に邁進していった。

半年間、ただひたすらに、寝る間も惜しんで作業し続けた。
まだ何も知らなかった私は、将来の成功を信じ、ただただ情熱だけで、走り続けた。

そして有名アフィリエイターやネットビジネスのカリスマが勧めるものを、とにかく購入し、泥にまみれるように、ひたすらやり続けた。

そしてその結果、私が手にしたのは、何の役にも立たないWEBサイトが数十と、200万円という借金だった。

『なんでうまくいかないんだ…』

この環境から抜け出したくて、我武者羅にやった。

しかし頑張れば頑張るほど、あがけばあがくほど、現実はどんどんぶっ壊れていき、泥沼にズブズブと飲み込まれていく…

『俺はただ、頑張りに見合った現実が欲しいだけなのに…ただ、大切なパートナーを守っていく力が欲しいだけなのに…』

そんな日々を過ごしていた2016年の12月。とあるセミナーの説明会の広告が目に止まる。

・ビジネスを通して自己成長を果たす
・商品は自分
・2ヶ月で平均100万円以上

そんな魅力的な言葉に惹かれ、半信半疑ではあったが
「もしこれが本当だったら…人生の転機になる!」
そう思いながらセミナーの説明会に参加。

そこで見たのは、講師を勤める某氏の圧倒的な『人としての正直さと、存在感』だった。

『この人が言っていることは本当だ!』
という確信だった。

説明会が終わる頃には、自分に挑戦することを決めていた。
その対価が仮に数十万円であろうと、そんなことは関係なかった。
忘れもしない、2017年1月7日。

運命が変わった音がした。
『自分が探していたものはここにあったのか!』

一体今まで自分は何をしていたんだと、衝撃の連続だった。

今までの自分が、どれだけ我武者羅に頑張っても上手く行かなかった理由が、そこにあった。

成功の原理・原則が、そこにあった。

思い返すと、やり方ばかりに目を向けていた。

『どうすれば成功できるのか?どんな方法だったらうまくいくのか?』

しかし、大切なことは他にあったのだ。

本当に大切なことは『成功するための考え方・在り方』

今までの古い考え方を捨て、新しい考え方・圧倒的な現実を作る武器を手に入れた私は、再び情熱を取り戻し、がむしゃらに突き進んだ。

その結果、わずか70日間で319万円という収入を得ることに成功する。

また、講座期間中、最愛のパートナーと常識に捕われない、完全オーダーメイドの挙式・披露宴を同時並行で企画し、私の幸せが加速していくのを肌で感じた。

『こんなに感動的な時間は何時ぶりだろう…』

気づけば多くの仲間と、自信に満ちた自分がそこにいた。

この自分で日々生きていけば、必ず成功できる!もう頑張っても報われない日々や、泥沼から抜け出せない毎日とは、一生決別したんだ!

その確信を持ち、2017年4月独立。

現在は、本当に現実を変えたい、真剣なクライアントに寄り添うコンサルティングでサポートをしている。

Mission

私のミッションは、「自分の心の声に正直に生きる人が輝く社会を作ること」

・自分の人生輝かせること
・毎日を生き生きと過ごすことができるようになること
そのサポートをすることが私の喜びであり、コア。

「自分のやりたかったことはこれだったんだ!」
「この自分で毎日過ごしていったら、最高にワクワクする」

そんな気づきや成長のきっかけとなる存在であり続けること。
それが私の役割。

VISION

「自分が望む人生を、誰もが生きている社会を実現する」

本当はこんなことがやってみたい!自分には可能性があるはず・・
心の底では、そう思っているけど、ずっと胸の奥にしまっている。

そんな人が輝きを放ち、活躍する社会を作ること。それが私のビジョン。

私には、こんな才能があるから、これをやっています。
堂々と自分を表現できる人が増えていく。

そんな輝く人を見て、「私も!」「僕も!」と次々に自分の才能を発揮する人が社会に増えていく。そんな世界を創造することで、社会に貢献し続ける。